東京地方裁判所 昭和53年(行ウ)30号 判決 1981年9月28日
各事件原告 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 中村三郎
昭和五三年(行ウ)第一八号事件(以下一八号事件という。)被告 江戸川区長 中里喜一
右指定代理人 山下一雄
<ほか三名>
昭和五三年(行ウ)第三〇号事件(以下三〇号事件という。)被告 特別区人事委員会
右代表者委員長 御子柴博見
右指定代理人 関哲夫
<ほか四名>
昭和五六年(ワ)第二〇二六号事件(以下二〇二六号事件という。)被告 江戸川区
右代表者区長 中里喜一
右指定代理人 山下一雄
<ほか三名>
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用はいずれも原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 一八号事件
(一) 被告江戸川区長(以下被告区長という。)が、原告に対し、昭和五〇年七月一四日付でなした江戸川区江戸川保健所予防課から江戸川区保健衛生部管理課への勤務を命ずる旨の処分を取消す。
(二) 同被告が、原告に対し、昭和五〇年七月一四日付でなした医療監視員を解く旨の処分を取消す。
(三) 訴訟費用は同被告の負担とする。
2 三〇号事件
(一) 被告特別区人事委員会(以下被告委員会という。)が、原告に対し、昭和五二年一二月一三日、昭和五二年(行)第一号行政措置要求事案に関してなしたものとみなされる、原告の各措置要求をいずれも棄却する旨の判定を取消す。
(二) 訴訟費用は同被告の負担とする。
3 二〇二六号事件
(一) 被告江戸川区(以下被告区ともいう。)は、原告に対し、金二四七万八七三七円を支払え。
(二) 訴訟費用は同被告の負担とする。
(三) 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁(被告ら)
主文同旨
《以下事実省略》
理由
一 三〇号事件について
1 請求原因(一)ないし(四)の各事実及び(五)のうち、公平委員会の棄却理由及び公平委員会と被告委員会との承継に関する事実は当事者間に争いがない。また、被告委員会の主張(事実三1)(一)(1)イ、ロ、ハ、及び(2)イ、ロ、二(ⅰ)(ⅱ)の事実も当事者間に争いがない。
これによると以下の事実が認められる。
原告は、昭和三七年七月二日、都に正規職員(技師補)として採用され、同四三年四月一日付で技術吏員に任命され、同四六年四月一日の職名に関する規則の改正により主事(診療X線技師)となり、同四九年四月一日付で診療放射線技師に転職した。その後、改正法により、同五〇年四月一日付で江戸川区職員となり、同年三月三一日現在勤務していた江戸川保健所予防課勤務を命ぜられ、さらに同年七月一五日付で管理課勤務を命ぜられた。
原告は、同五二年三月三〇日付で公平委員会に対して、前記(1)、(2)の措置要求(同五一年四月に遡り、直近上位の号給への昇格及び主査((係長級))への昇任措置、特殊勤務手当相当分の賃金支給措置)をなしたが、同委員会は、同五二年一二月一三日、右各措置要求をいずれも棄却する旨の判定をした。そして、特別区人事委員会設置条例付則により、右措置要求は被告委員会に対して行われたものであり、また、右判定は同委員会が行ったものとみなされることになった。右判定理由は、原告は係長級職へ任用されるための必要在職年数は満たしているが、放射線技師としての技量が拙劣であり、同僚との協調性が欠如しているから、当局が原告を主査へ昇任させなかったことは人事権の裁量の範囲内であり、昇格要求については、一般には昇格は昇任に伴うものであり、昇任を伴わない昇格について考えても、原告は資格基準を満たしていない、また、放射線業務従事手当は、現実にX線操作に従事している者に支給されるものであるから、原告がこれを支給されないのは当然である、というものである。
ところで、特別区に勤務する職員についての任用関係は、従前から都の任用基準に準じた取扱いがなされてきたが、同四九年六月一日に改正法が公布され、同五〇年四月一日から施行されたが、これにより、同年三月三一日、現に特別区に配属されていた都の職員は、同年四月一日、配属先の当該特別区に引継がれ、当該特別区の職員となった。しかるところ、同四九年一〇月二三日の都区協議会において、都と特別区の職員について、任用、給与等の基準については、当分の間、都区共通とする、との決定がなされたため、改正法施行後の特別区職員の任用関係基準については、従前と同様、都の任用基準によることとされた。
なお、同五〇年三月三一日に都区協議会が持たれ、保健所の技術職員については、都衛生局は係制をとらず主査制をとっているので、都から特別区への人事権の移管後、特別区においてもこれを維持すること、右主査への昇任基準についても、都衛生局における運用を維持すること、との確認がなされた。
都の任用基準のうち、係長級以上の職への昇任の選考基準によれば、まず、この基準の運用の原則として、適材適所の原則と平等取扱いの原則が規定されている。そして、四級の職(係長級)への昇任基準は、五級の職に一〇年以上在職する者とされているが、五級の職への任用年月日が同四三年四月一日以前の場合は、調整年月数二年を右必要在職年数から短縮することができるとされており、原告が五級の職へ任用されたのは、同四三年四月一日であるから、原告は同五一年四月一日時点で、係長級の職へ昇任されうる五級の職の最低必要在職年数は満たしていたものである。
以上の事実が認められる。
2 しかるところ、被告委員会は、適材適所の原則からみて、原告は放射線技師としての技量が拙劣であり、職場の上司同僚、特に江戸川保健所の放射線技師との協調性を著しく欠くため、職場での良好な人間関係を維持できず、係長級の職の職務遂行能力を欠くと主張するので検討する。
(一) 被告委員会の主張(事実三1)(一)(2)ハについて、(ⅰ)①中、昭和四九年五月一三日ころ、原告はX線室内で、X線撮影用フィルム保存箱に入っていた保存フィルム七〇枚から八〇枚のうち、約二〇枚程を感光させ使用不能にしたこと、同⑩中、原告が胸部断層撮影にあたり、撮影機操作中、操作手順等がわからなくなり、A技師が原告に代って撮影したこと、(ⅱ)①中、江戸川保健所予防課は、事務職員と医師、放射線技師、検査技師、保健婦、看護婦等の技術職員をもって構成されていること、同四九年当時、同課の職員全体が集まって、毎月一回、業務連絡会が行われていたこと、同③中、同四九年一〇月ころ、都衛生局総務部保健所管理課のB技師、中野保健所のC技師が、原告及びA、D両技師の立会の下に、X線室の内外にわたってX線量の測定を行ったこと、同⑤中、江戸川保健所において、同四九年秋の集団検診(業態者検診)を行うにあたり、外部から放射線技師、助手及び事務員を臨時に雇上げたこと、同⑥の事実、同⑨中、同四九年一二月中旬、原告が予防課の臨時職員に冬の賞与が支給されないから、正規職員が金を出し合い、これを賞与として臨時職員に支給しようと提案したこと、同⑭中、原告が離乳食のモデルケースを移動したこと、同⑯中、原告が予防課事務室において使用している机をX線室へ運び降ろしたこと、同五〇年三月一九日に机をX線室から事務室に運び上げ、元の位置に戻したこと、同⑰中、同年五月二〇日、原告が、X線室から出て小松川警察署へ一一〇番の電話をかけ、江戸川保健所で原告が同僚から暴力を受けたとして警察官の出動を求め、警察官二名が出動し、原告は右パトロールカーで駆けつけた警察官に告訴状を提出したこと、同⑱中、原告が、所内労働環境の不備について、江戸川労基署へ調査申立をしたこと、同⑲中、原告が出席者に背を向け、壁に向って座り、発言を求められたが、一言も発しなかったとの事実以外の事実、同の事実はいずれも当事者間に争いがなく、右当事者間に争いのない事実と《証拠省略》によると以下の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
(1) 原告の放射線技師としての技量に関する事実
①昭和四九年五月一三日ころ、原告は、X線室内でX線撮影用フィルム保存箱の蓋を開けたまま作業をしていたため、保存フィルム七〇枚から八〇枚のうち、二〇枚程を感光させ、使用不能なものとした。なお、このことには、A、B両技師が気づいたが、右感光に放射線技師達が気づかず、レントゲン撮影を行った場合には、再撮影の必要が生じ、被撮影者に不必要なX線を照射する危険性があった。
同年九月ころにも、原告は、暗室内でフィルム保存箱の蓋を開けたままにしておき、A技師が気づいて蓋を閉じたが、使用不能なフィルムを生じた。
② 同年八月ころと一一月ころ、原告が間接撮影業務を担当した際、撮影ずみフィルムのカットミス(三枚分をから送りしてからカットすべきところを、それをしないでカットしたため、二名分のフィルムを使用不能にしたこと)をしたため、それぞれ被撮影者二名について、直接撮影による再撮影の必要を生じた。
③ 同五〇年一月二〇日、原告は、被撮影者(当時三八才の女性)の胸部を直接撮影すべきところ、照射野を絞らず、下腹部をも含めた撮影をした(なお、防護スカートも巻かなかった。)。
同年四月一日、原告は、被撮影者(当時三六才の女性)の胸部を直接撮影すべきところ、照射部位を誤り、横隔膜付近を中心とした撮影をした。
同月二日、原告は、被撮影者(当時五歳の男子)の胸部を直接撮影すべきところ、照射部位を誤り、横隔膜付近を中心とした撮影をした。
かようなミスは、腰部にX線が照射され、特に妊娠の可能性のある女性の場合には、生殖腺に照射されると奇型児出産の危険性もあり、極めて危険なものといえる。さらに、かようなミスにより、被撮影者に再撮影の必要が生じ、不要なX線を照射することになり、この意味でも危険なものである。
なお、照射野の決定は、多重シャッターの操作により極めて確実に行うことができ、かようなミスは放射線技師としては通常考えられないものであった。
D技師は、右一月二〇日のミスに関し、同年四月の原告の直接撮影担当前に(原告、A、Dの三人の放射線技師は、一月毎に、間接撮影、直接撮影、現像の仕事をローテーションを組んで行っていた。)原告に対して、照射野を絞ることを注意した。また、A、D両技師とE医師は、同年四月上旬に、F所長に対して、原告が前記のようなミスをするため、原告を直接撮影の担当から外してもらいたい旨上申した。その結果、四月中旬からD技師が研修に赴いた際、A技師が直接撮影と現像を担当し、原告が間接撮影を担当することとされ、その後も、原告は間接撮影を担当することとなった。
④ 同年四月二二日、原告は、被撮影者(女性)の胸部断層撮影をするにあたり、撮影操作の手順がわからなくなり、医師の指示どおりの撮影ができず、予防課の連絡会に出席していたA技師の援助を求め、同技師が原告に代って断層撮影を行った。この間被撮影者は二時間程裸の状態で放置されていた。
なお原告は、江戸川保健所に勤務する以前は、断層撮影を行ったことがなかったが、断層撮影自体はさ程高度な技術を要するものではなく、江戸川保健所においては、一週間のうち数日間はこれが行われており、通常の放射線技師であれば、一週間位で撮影できるものであった。
⑤ 江戸川保健所では、間接撮影用カメラのピント合せを定期的に行っており、原告を含む放射線技師間で二・五の目盛が正しいと確認されていたが、同年五月下旬ころから、当時間接撮影を担当していた原告が、ピントを二五の位置にずらすことが続き、A、D両技師が業務係長に申告して原告に注意してもらったが、原告のかような行為はその後も続き、同年五月二二日には、検査日であり、間接撮影の開始時刻になったが、原告はピントの目盛をやはり二五にしたままであったので、A、D両技師と口論になり、収拾がつかず、G総務課長がX線室に赴き、原告を説得してD技師にピントの位置を二・五に修正させ、ようやく撮影を開始した。
⑥ 原告は、また、散乱線除去装置であるプッキーを引き忘れて撮影したり、X線の照射時間を制御するフォト・タイマーを引き忘れて撮影したために読影困難な写真を生じたり、女性の生殖腺をX線の照射から保護するための防護スカートを付け忘れて撮影することがしばしばあった。
⑦ さらに、原告は、フィルムを入れないで撮影したために、再撮影の必要を生じたり、現像作業においても、フィルムが自動現像機に入りきらないうちに暗室のドアを開けたためフィルムを感光させたり、フィルムを二枚重ねて自動現像機の中に入れたため、読影不能の写真を生じさせたりしたことも数回あった。
(2) 原告の江戸川保健所における協調性に関する事実
① 原告は昭和四九年四月一日から江戸川保健所勤務を命ぜられ、予防課に配属されたが、同課は、事務職員と医師、放射線技師、検査技師、保健婦、看護婦等の技術職員をもって構成されており、同四九年当時、毎月一回、同課の職員全体が集って業務連絡会が行われていたが右連絡会の司会は同課の職員が順番で担当していた。同年六月ころ、H係長が原告に対し、その日の連絡会の司会をするように依頼したところ、原告は、「技術系の自分にはそういう司会はできない」旨述べて、これを拒否した。H係長は、さらに説得したが、原告は頑として応ぜず、口論になり、原告は同係長に対して、「係長として貴様はなっていない」との発言をし、同係長は、「少し頭がおかしいんじゃないか」などと言って応答した。結局、原告は、その月の司会を担当せず、次の順番にあたっていたA技師が、原告に代って司会を担当した。
② 同年七月ころ、原告は、理容師、美容師の集団検診が行われている最中に、突如としてX線カメラの業者であるキャノンのセールスマンをX線室に伴い、機械の操作を行っていたA、D両技師に対し、ミラーカメラの話をきいてやってほしい旨述べた。A技師が「業務中であり、ミラーカメラには問題点もあり、説明を聞くわけにはいかない。突然こういうことで働きかけると、業者とのゆ着も疑われる」旨述べて、これを強く拒否したところ、原告は、セールスマンを残してX線室から出ていってしまった。
なお、当時、江戸川保健所において、ミラーカメラを導入する具体的な計画はなく、A技師は、原告に対してミラーカメラ導入のための資料収集等を指示したこともなかった。
③ X線室においては、放射線の漏洩に関して定期検査を行っており、同年七月ころにも、原告、A、Dの三人の放射線技師によって検査が行われ、その結果は、防護衝立を開放した状態で、二〇マイクロレントゲンで、自然放射線量以下の線量であり、防護衝立を正規の位置にセットすれば、殆んど零になるというものであった。
しかるに原告は、同保健所内で何らの問題提起をすることもなく、同年一〇月ころ、都衛生局保健所管理課に、江戸川保健所のX線室の窓から放射線が漏洩している旨を申し入れた。このため、同課から同課のB技師と中野保健所のC技師が検査に赴き、原告、A、D両技師の立会の下に漏洩検査を行ったところ、右定期検査と同様であり、漏洩はないとの結果であった。この結果について右C技師らは原告に説明しようとしたが、原告は、「検査結果は信用できない」旨述べて、その場から退席しようとしたため、D技師が「甲野さんが問題提起者だから、最後まで話をきくべきだ。主張すべきことがあれば、ちゃんと主張するべきだ」と言って原告を連れ戻し、C技師らが検査結果とX線の防護方法を説明しようとしたが、原告は興奮し、「お前達じゃ話にならん」等の発言をして、C技師らの発言を聞こうとしなかった。
④ 右事件以降、原告は間接撮影の際、防護衝立を正規の位置に設置せず、すなわち、窓と平行の位置に設置すべきところを窓と垂直方向に設置して撮影を行うことが度々あり、D技師がこれを正規の位置に直すと、原告が、これをまた動かしてしまうということも数回あった。
⑤ 江戸川保健所で集団検診が行われる場合、被検者が一定の人数以上であれば、外部から放射線技師、助手及び事務員を臨時に雇上げることになっており、この臨時職員の数については、被検者数によって一定の基準が設けられていた。ところで、同年秋に集団検診が行われ、やはり臨時職員を雇上げることになり、この雇上げに要する賃金が前途金として、総務課を通じ、原告ら三人の放射線技師に渡された。ところが、実際に支払われた賃金は右前途金を下回ったため、原告ら三人の放射線技師は、架空名義の領収書を作成して、右残額分を三名で分配した。この金額は一人につき五〇〇〇円位であった。
原告は、その後、同年一一月中旬ころ、都監査事務局と同総務局監察員室に赴き、江戸川保健所において前途金の不正支出が行われており、原告もこれにより一万二〇〇〇円を得た旨述べ、右金員を返上した。
その後、A、D両技師も右分配を受けた金員を返戻した。
⑥ 同年一二月中旬ころ、原告は、江戸川保健所予防課の臨時職員に冬の賞与が支給されないから、正規職員が金を出し合い、これを賞与として臨時職員に支給しようと提案し、F所長に対し、自分が発起人になり、一万円出すから、所長も一万円出してもらいたい旨述べた。F所長は、この件について事前にG総務課長と相談し、臨時職員は賞与支給の対象ではなく、賞与を支給するのは不適当であるとの結論に達していたため、原告の右申し入れを拒否したが、原告は、自分のカンパ分として五〇〇〇円を所長の机上に無理やり置いて退出した。後日、F所長が江戸川保健所二階の事務室において右五〇〇〇円を原告に返還しようとしたが、原告は、これを拒否し、所長に対し、自分は保健所内でうまくやっていこうと努力しているが、所長が責任者を明らかにしないことがトラブルの原因となっている、所長の監督のやり方にも不満がある等のことを大声で言い立てた。その後も、所長は、レントゲン室へ赴いて、原告に右金員を返還しようとしたが、原告はこれを受領せず、やむなく右金員は庶務課の金庫に一時保管された。
その後、原告は、同五〇年一月ころ、都監査事務局、同総務局監察員室へ赴き、原告がF所長に、江戸川保健所の臨時職員の賞与として支給してもらう目的で五〇〇〇円を渡したが、これが臨時職員に渡っていない。これは詐欺的行為であるから調べて貰いたい、また、同保健所内で原告に適切な取扱いがなされておらず、所長は管理者としての責務を全うしていないとの申し入れをした。
同年二月に、G総務課長は、監察員室に呼ばれて事情聴取を受け、原告に五〇〇〇円をすみやかに返還すべき旨の指示を受けた。
なお、右五〇〇〇円は、結局、同年三月中旬に、原告がF所長から受領するに至った。
⑦ 同年二月ころ、X線室の隣に位置する検査室の拡充工事が行われ、X線室との間の壁にボルトを埋め込む作業が実施されたところ、原告は、この工事によりX線漏洩の危険性があるから工事を中止するように申し入れた。江戸川保健所では一応工事を中止して、都衛生局に検査を依頼した。局からは前記C技師らが来所して検査に当ったが、その結果は、数マイクロレントゲンの線量であり問題がないことが判明した。しかるに、原告は漏洩は常に零でなければいけないと主張し、右C技師と口論になった。
⑧ 江戸川保健所には、離乳食のモデル陳列ケースが設置されており、栄養士が管理しているが、その設置場所については従前、予防課の職員が相談して、外来者から見やすい所ということで、X線室の入口付近に設置していたものであるが、同年二月初めころ、原告は、独断で右陳列ケースを移動させたので、I栄養士がその理由を問うと、原告は「X線の漏洩防護のため、X線室のまわりには物を置いてはいけないという規則がある。X線の防護問題については、A、Dよりも僕の方がベテランだ。」等のことを述べた。そしてI栄養士がA、D両技師に原告発言のような規則の存在について質問したことから、原告とA、D両技師との間に、原告の右発言の有無をめぐって口論が生じ、I栄養士が呼ばれて、原告が右の旨の発言をしたとの供述をした。
原告は、その後、都の公衆衛生部長、栄養課長に対して、I栄養士についての抗議を行ったが、右部長らは、これに取り合わなかった。原告は、また、同年四月末ころ、所長宅を訪れ、I栄養士の問題について、D技師らから吊し上げを受けている、上級職制が職員同士の間接喧嘩操作をしているので抗議する旨記載した文書を所長に手渡したりした。
⑨ 原告は、右事件以来、I栄養士を避ける態度をとるようになったが、二階事務室の机の配置が二列であり、原告の斜め前にI栄養士の席があったことから、原告は、A、D両技師に対し、席を替えてほしい旨申し入れたが拒否された。
そこで原告は、F所長に対し、I栄養士と顔を合さなくてすむように、同栄養士と同じ側に席の配置を変更することを申し入れた。これに対して所長は、次の異動時に検討したい旨応答し、原告の要望に応じなかったところ、原告は、同年三月初めころ、独断で自席の机を二階事務室から一階のX線室におろしてしまった。
これに対して、G総務課長が机を戻すように説得したが、原告はきき入れなかった。この件については、分会からも所長ら管理者に対し、保健所内の秩序を乱すような行為を放置しておくのは望ましくないから厳しい態度で臨むようにとの要求もあり、原告の直接の上司である予防課長事務取扱いの職も兼ねているF所長が原告の説得に当ることになったが、原告はこれも聞き入れなかった。そこで所長は、同月一八日、これが最後の説得であり、これに応じねば、職務命令違反としてしかるべき処置をとる旨述べたところ、その翌日、原告は机を事務室の自席の位置に戻した。この間、二週間位にわたって、二階事務室の机の配列は、その中央部に穴があいた状態であった。
⑩ 同年五月二〇日、X線室で、D技師が原告に対し、仕事上の注意をしていたが、原告が黙って、D技師の言葉をメモしているだけであったので、D技師はメモの内容を確認しようとして、原告に、「ちょっと見せて下さい。」と述べて、メモに手を伸ばしたところ、原告は、X線室を出て、小松川警察へ一一〇番の電話をかけ、江戸川保健所で原告が同僚から暴力を受けた旨申告して、警察官の出動を求め警察官二名が江戸川保健所に出動した。原告は、パトロールカーで出動した警察官にA、D両技師に対する告訴状を提出し、警察官は、原告、D技師、J庶務係長らから事情を聴取したが、その処理を江戸川保健所の当局に委ね、告訴状を受取らずに帰署した。
⑪ 同年五月下旬、原告は、江戸川労基署に対して、江戸川保健所のゴミ焼却炉付近の電球の明るさが基準以下のものであること、出入口の鉄扉が危険であること、同保健所内で職員が強制労働をさせられていること(これは、前記のように、原告が所長の命令で、X線室におろした自席の机を事務室内に戻したことを指している。)等を理由として、調査の申し入れをした。このため、同労基署から職員が調査に赴き、調査の結果、焼却炉の電球をもう少し明るくするようにとの事実上の要望がなされたにとどまったが、その際、同労基署の職員からG総務課長に対し、原告は、小岩保健所在勤中にも労基署に二回位きて、プラカードをかかげて座り込みをしたことがある、保健所としても原告に対する人事管理に留意してもらいたい旨の要望がなされた。
⑫ D技師は分会の役員であり、原告は分会員であったが、前記の、原告が江戸川保健所に警察官の出動を求めた事件について、分会の役員会で問題とされ、職場大会を開催して原告とD技師らの主張を聴取し、場合によっては原告の除名も考慮することが決定され、同年五月二七日ころに職場大会が開催された。そして、まずA技師から事情聴取がなされ、次に原告の発言が求められたが、原告は、最後列の席に、出席者に背を向けて座り、一言も発言せずメモを取っていた。なお右集会において、原告の除名に関する採決の提案はなされなかった。
⑬ 同年六月中旬、江戸川区職員労働組合は一斉休暇闘争を行い、その参加者が賃金カットされたことについて、組合から参加者に右賃金カット相当分の補償金が支給された。原告にもこれが支給され、D技師が分会の会計事務を担当していたところから、同技師が原告にこれを交付しようとしたが、原告はこれを受領せず放置していた。そこで分会長のK主事が原告に受領するように説得したが、原告は聞き入れなかった。D技師とK主事は、相談のうえ、右補償金を現金書留にして原告宅に送付することにしたが、そのことの了承を得るべく、D技師が原告の妻に電話をした。原告は、これについて、同月二三日ころ、L部長に対して、D技師が妻へ嫌がらせの電話をかけ、非常に迷惑なので、家人への嫌がらせをやめさせて下さいとの趣旨の文書を提出した。
⑭ 原告と、A、D両技師との人間関係は、以上のような事件等から次第に悪化してきたが、同五〇年二月ころからは、互いに口を聞かず、原告は両技師らの言動をメモするようになり、業務の遂行にも支障を生じるような状況となった。そこで、江戸川保健所当局は、原告が、従前から、職場の人間関係が円滑でないのは、主任が決定されていないためだと主張していることを考慮して、放射線技師間の主任を決めることとし、原告、A、D、G総務課長が相談し、原告の推薦により、A技師が主任に選ばれた。なお、この主任は、組織上の役職名ではなく、単に、放射線技師間の取りまとめ役的な意味合いを持たされたものにすぎなかった。しかるに、その後も放射線技師間の人間関係は何ら改善されず前記の、原告が自席の机を独断でX線室におろした事件が一応決着したころ、A技師は、X線室の人間関係をまとめていく自信がなくなったとして、G総務課長に主任の返上を申し入れた。原告とA、D両技師との人間関係は、前記の、原告が警察官の出動を求めた事件以来、さらに険悪の度を深めていった。
また原告は、同僚の放射線技師との間だけでなく、他の職員との間にも、前記のように、種々トラブルを起こしており、同四九年の暮れころから、江戸川保健所内で次第に孤立してゆき、同所内では、ほぼ全員の職員から嫌悪される状態に至った。
以上の事実が認められる。
(二) 以上認定した事実によると、原告の放射線技師としての技量は極めて拙劣であり、特に直接撮影における照射野の決定の誤り等のミスは極めて重大な危険性を有するものであった。また、特に、原告が、昭和四九年四月一日から同五〇年七月中旬まで勤務していた江戸川保健所において、同僚の放射線技師を始めとする同所職員との間に著しく協調性を欠いていたことは明らかであり、これの原因は(少くともその大半は)原告の前記事実に現れたような特異な性格、言動に基づくものと言わざるをえない(もっとも、前記事実のうち、(2)⑤記載の事実に関しては、この事実のみをとり上げて、原告に協調性がないとの判断をするには困難なものがあるが、この件を除外して考えても、右のように原告は協調性を著しく欠いていたとの判断をなしうるところである。)。
ところで、江戸川区においては、前記のとおり、保健所の医療技術職員の主査(係長級)昇任に関して、都の任用基準及びその運用によっているところ、その適材適所の原則の具体的運用について、《証拠省略》によると、江戸川区では、主査は職務の性格上、単独執行的色彩が強く、対外的責任も重いとして、昇任資格を有する職員中からその職務への適格性を考慮して慎重に選考を行っているものであるが、具体的な選考方法は、当該職員の職務記録、勤務評定及び自己申告書(但し、昭和五一年当時、現在は異動希望調書と称されている。)を検討し、当該職員の所属する職場の上司に意見を聞き、また職場が異動する場合には、異動先の職場の上司とも合意のうえ、その昇任を決定しており、右勤務評定は、当該職員の所属する職場の部長又はこれに準ずる者が、前年四月一日から当該年度の三月三一日までの一年間についてその評定を行い、評定項目は、人格的な面と職務に対する能力に関する面の両面について多岐の項目に分かれており、各項目について一から三までの評定点が付されるが(なお、一は劣る、二は普通、三は良好との評定である。)、昇任の適格性を認められるためには、右評定点が全項目について三ないしそれに近い状況になければならないところ、原告の昭和五〇年四月一日から同五一年三月三一日までの勤務評定は全項目にわたって三の評価が全くなく極めて劣悪な評定であり、また、職場の評価も極めて劣悪であったため、原告は同五一年度の主査昇任について適格性なしとされたことが認められる。
そして、原告の放射線技師としての技量及び協調性に関する前記認定事実に照らすと、原告の右のような勤務評定結果及び職場の評価は不合理とはいえず、適材適所の原則から、原告に主査への昇任措置がとられなかったこともやむをえず、任命権者の人事権の裁量の範囲内に属するものと言わざるをえない。
3 被告委員会は、また、平等取扱いの原則に照らしても、原告に主査への昇任措置をとらないことが是認されると主張するので検討する。
(一) 前記のように、昭和五〇年三月三一日の都区協議会において、保健所の技術職員については、特別区においても主査制を維持し、これの昇任基準についても、都衛生局における運用を維持すること、との確認がなされたものであるが、被告委員会の主張(事実三1)(一)(2)二(ⅲ)のうち、都衛生局における係長級の職への昇任の取扱いは、同四五年一月一日から、従来の係制を改め、それぞれの職能ごとに組織上の職としての主査制を導入し、主査の設置については、各年度ごとに知事の承認を得て設置数を定めることになっていることは当事者間に争いがなく、この事実と《証拠省略》によると次の事実が認められる。
都衛生局における係長級の職への昇任の取扱いは、同四五年一月一日から従来の係制を改め、それぞれの職能ごとに組織上の職としての主査制を導入し、主査の設置については各年度ごとに知事の承認を得て設置数を定め、主査ポストの新設もしくは欠員の範囲内で、資格該当者のうち、選考により、勤務成績が優秀なものを昇任させており、五級の職の必要在職年数を満たしたものを一律に昇任させているわけではない。江戸川区においても、右都区協議会の確認に従ってこれと同様の取扱いをしており、具体的な選考方法は前記2(二)に記したとおりである。そして、同区における係長級の職への昇任者数は、原告がその昇任の措置を求めている昭和五一年度において、資格該当者一一〇名(うち医療技術職員は二名)のうち八名(うち医療技術職員は零名)にすぎなかったものであり、かような実態は他の年度においても大体同様である。以上の事実が認められる。
(二) 《証拠省略》によると、都及び区において係長級以上の職への昇任の選考基準として、適材適所の原則と平等取扱いの原則がとられているが、このうち平等取扱いの原則とは、昇任にあたって、各任命権者間、各局間の不均衡を是正すべく、都全体の昇任年限の均衡に留意するとの意味であることが認められる。
これによると、右平等取扱いの原則は、係長級の職への昇任に必要な在職年数を満たした者を一律に昇任させるとの意味ではないことが明らかであり、都及び区における昇任実態が右認定のようなものである以上、前記のような原告の勤務評定及び職場の評価を考慮すると、原告が昭和五一年度に主査へ昇任されなかったことは右平等取扱いの原則に照らしても是認されうるものとは言わねばならない。
4 次に、原告の医療職給料表(二)二等級への昇格についての措置要求について検討する。
被告委員会の主張(事実三1)(二)(1)は当事者間に争いがなく、これによると、昇格とは、職員の職務の等級を同一の給料表の上位の職務の等級に変更することであり、また昇任とは、同一職種内において上位の職級へ異動することであり、両者は異なる概念であるが、不可分の関係にあり、昇任に伴って昇格するのが一般的な原則であり、昇任が認められない以上、昇格することは一般的にはありえないことが認められる。
そして原告は、昭和五一年四月に遡り、主査への昇任措置がとられるべきことを主張し、右昇任に伴う昇格として、医療職給料表(二)三等級一六号給から二等級の直近上位の号給への昇格措置を求めていることが明らかであるから、前記のとおり、原告の主査への昇任措置が是認されない以上、その主張するような昇格措置も是認しえないことは当然である。
なお、被告委員会の主張(二)(2)イ、ロ、ハの事実、同二中、原告が、同五一年四月に遡り、医療職給料表(二)三等級一六号から二等級の直近上位の号級へ昇格させるべきであると主張したこと及び江戸川区当局により同二等級への等級格付措置がとられなかったことは当然のことと言わねばならないとの部分以外の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実と《証拠省略》によると、都においては、昇任に伴う昇格の一般原則とは別に、昇任を伴わない昇格として「職員の給料の等級格付」措置を実施しており、同五一年度の右措置の実施要綱によると、行政職給料表(一)四等級(医療技術系職員である診療放射線技師については、医療職給料表(二)二等級)昇格についての一般基準は、同五一年三月三一日または同年九月三〇日現在、三八歳以上五八歳未満で五等級(医療職給料表(二)三等級)歴一〇年以上の者、また、特例資格基準として、同五一年三月三一日現在、四三歳以上五八歳未満で都(区)歴二五年以上の者が資格該当者とされており、その在職年数については、一定の換算率による五等級(医療職給料表(二)三等級)歴への通算が規定されているところ(なお、この給料の等級格付は、資格基準を満たすことによって、一律に昇格するものではなく、資格該当者に対する勤務成績評定実施のうえ、昇格者が決定される。)、特別区においても、改正法施行後も都の右「職員の給料の等級格付」実施要綱が準用されており、原告についてこれをみるに、原告の五等級(医療職給料表(二)三等級)歴は、同五一年四月一日時点では合計して九年四月となり、一般の資格基準である一〇年の在職期間を満たしておらず、特例の資格基準も満たしていないことが認められる。
したがって、いずれにしても原告に医療職給料表(二)二等級への昇格措置がとられなかったことは相当と認められる。
5 次に、原告の特殊勤務手当不支給の代償賃金支給についての措置要求について検討する。
被告委員会の主張(三)(1)イ、ロの各事実は当事者間に争いがなく、この事実と、《証拠省略》によると、地公法二四条六項、二五条一項の規定に基づき、江戸川区においては給与条例が定められており、同条例一四条一項には「著しく危険、不快、不健康又は困難な勤務その他著しく特殊な勤務で、給与上特別の考慮を必要とし、かつ、その特殊性を給料で考慮することが適当でないと認められるものに従事する職員には、その勤務の特殊性に応じて特殊勤務手当を支給する。」と規定されており、かつて原告に支給されていた特殊勤務手当は放射線業務従事手当であるところ、これは給与条例一四条三項に基づいて定められた江戸川区職員の特殊勤務手当に関する規則二条の別表により、「保健所において、エックス線操作に従事する放射線技師及び補助業務に従事する職員」に対して支給されることになっており、昭和五〇年七月当時は月額五〇〇〇円であったが、原告が本件配転処分により、管理課に所属するようになった同五〇年七月一八日以降は、保健所においてX線操作に従事しておらず、したがって放射線業務従事手当も支給されなくなったことが認められる。
しかるに原告は、本件配転処分は違法な処分として取消されるべきものであるから、本件配転後支給されなくなった右手当の代償として右手当相当分の賃金の支給措置が講じられるべきであると主張するのであるが、本件配転処分が違法でないことは後述のとおりであるから、原告のこの主張も認められない。
6 原告の反論について検討することとする。
(一) 原告は、江戸川保健所以前の勤務場所である町田、世田谷、深川、小岩の各保健所においては非常に優秀な勤務成績であったものであり、江戸川保健所に赴任した当初も、A、D両技師をはじめとして保健所内の職員との人間関係に気を配り、明るい職場づくりに尽力していたため、保健所内の人間関係は極めて良好であったが、集団検診の際の「臨時職員の空雇上げによる不正分配金事件」以来、A、D両技師は原告に恨みを持ち、K主事らの助力を得て、原告を職場から追放することを画策するに至ったものであると主張する。
原告の、江戸川保健所以前の勤務保健所における勤務態度について、《証拠省略》中には、右主張に沿う部分があるが、前記認定の江戸川保健所における原告の協調性及び放射線技師としての技量に関する事実、《証拠省略》に照らすと直ちに措信できず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない(なお、昭和四一年八月一六日に原告が小岩保健所の業務主任を命ぜられたこと、同四五年一〇月一日、特別昇給((三か月短縮昇給))を受けたことは当事者間に争いがないが、これらの事実のみをもっては右判断を動かすに足りない。)。
また、江戸川保健所における人間関係について主張するところは、《証拠省略》中にこれに沿う部分があるが、前記認定の原告の協調性に関する事実、《証拠省略》に照らして直ちに措信できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
なお、原告主張の「不正分配金」事件とは、前記一2(一)(2)⑤記載の事実を指しているところ、原告は、この事実のみに起因して、A、D両技師らとの人間関係が悪化したと主張するが、前記のとおり、右事実のみにより原告に協調性がないと評価するには不適当なものがあるが、この事実を除外して考えても、前記認定した原告の協調性に関するその他の各事実にあらわれた原告の特異な行為により、原告とA、D両技師及びその他の江戸川保健所職員との人間関係が次第に悪化していったものと認められるのであり、原告主張の右事実のみに人間関係悪化の原因を求めることは到底是認しえない。
したがって、右原告の主張を認めることはできない。
また原告は、F所長らの管理者にA、D両技師らとの人間関係を訴え、その回復の調整を要請して、人間関係回復に努めた旨主張する。
しかし、《証拠省略》によると、原告は、同五〇年四月ころから、F所長、L次長、G総務課長を文書を持参するなどして数回にわたって訪れ、A、D両技師らから種々の迫害を受けている旨を訴えると共に、右両技師からの隔離を要望し、また、管理者の人事管理を難詰する等したことが認められ(る。)《証拠判断省略》原告のかような行動をもって、人間関係回復に努めたものと評価し得ないことは明白であるから、原告のこの主張も認められない。
(二) 原告は、また、原告にはレントゲン撮影技術の拙劣さは全くなく、A、D両技師らがこれをねつ造して主張しているものであり、むしろ、右両技師の方に、間接撮影室の扉を開放したまま撮影したため、外部者に多くの散乱X線を浴びせる等のミスがあったと主張する。
《証拠省略》中にはこれに沿う部分があるが、そのうち、原告に技量の拙劣さが存しなかったとの部分は、前記の原告の放射線技師としての技量に関する事実において認定したとおりの事実が認められるのであるから、これに照らして措信できず、A、D両技師のミスについての供述部分は、《証拠省略》に照らして措信できず、他に両技師のミスを認めるに足る証拠はない。
なお、右《証拠省略》によると、A、D両技師には、撮影の際、被撮影者が動いたために、写真の画像がぶれる等の軽微なミスはあったものの、原告の犯した照射野の決定の誤り等の重大なミスは犯していないことが認められる。
いずれにしても、原告のこの主張も認められない。
(三) 原告は、さらに、A、D両技師及びK主事らから種々の暴行、脅迫、嫌がらせ等を受けたと主張する。
事実五1(四)記載の各事実のうち、昭和五〇年四月一日からA技師が業務日誌をつけ始めたこと、同年五月二〇日ころ、原告が警察官を呼んだこと、同年五月二七日、分会が職場大会を開いたことは当事者間に争いがないが、その余の原告がA、D両技師らから暴行、脅迫、嫌がらせ等を受けたと主張する部分は、《証拠省略》中にこれに沿う部分があるものの、これは《証拠省略》に照らして措信しえず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
また、原告は、同五〇年六月下旬、原告が照射録を整理していると、D技師が「詫び状を書け、詫び状も書けない奴はこんな作業をする必要はない。」と言いながら照射録二枚をむしり取った旨供述し、《証拠省略》によると、昭和五〇年六月二三日付の照射録二枚が破けていることが認められるが、《証拠省略》によると、原告が照射録に関して保健婦とトラブルを起こしたため、D技師はA技師と相談のうえ、D技師がフイルム受払簿の業務を行うこととし、江戸川保健所二階の事務室において原告にその旨を告げ、書類の引渡しを求めたところ、原告はこれの引渡しを拒み、D技師と書類を引っ張り合う形になり、その間に右二枚の射照録が破けたことが認められ、これに照らして原告の右供述は措信できない。
なお、原告のこれらの主張は、江戸川保健所における原告とA、D両技師らとの人間関係悪化の責任はあげて右両技師らにあり、原告には責任がない旨の主張と考えられるが、右人間関係悪化の少くとも大半の責任は原告にあったことは前記認定のとおりであり、そこで認定した事実関係に照らして考えると、仮に右両技師と原告との感情的対立に基づく、両技師の原告に対する嫌がらせ的な行為がいくつか存在したとしても、そのことは右前記認定の判断に影響を及ぼさないものと思われるから、いずれにしても、原告のこの主張も認められないことになる。
(四) 原告は、また、都衛生局における保健所の技術職員の主査への昇任の取扱いは、資格該当者のうち、勤務成績不良者を除き、全て昇任させており、これが慣行的取扱いとなっているところ、原告は勤務成績も良好であったから、原告を主査へ昇任させなかったことは平等取扱いの原則に違反すると主張する。
しかし、都衛生局および江戸川区における主査への昇任実態、原告の勤務評定、職場内での評価は前述したところであり、これらによると、原告を主査に昇任させなかったことは平等取扱いの原則に照らしても是認されうることもまた前記のとおりであるから、原告の主張は理由がない。
7 以上のとおりであるから、公平委員会がなした(そして被告委員会がなしたものとみなされる)、原告の各措置要求をいずれも棄却する旨の本件判定は相当であると認められ、その取消を求める原告の本件請求は理由がない。
二 一八号事件について
1 本件配転処分について
(一) 請求原因(一)の事実、同(二)中、本件配転処分が原告の意向を無視してなされたとの点及び本件配転処分により原告の職務内容が事務的業務に変更されたとの主張以外の事実、同(四)中、本件解任処分の日付及び告知日、同(五)中、公平委員会の裁決が原告に送達された日以外の事実、被告区長の主張(事実三2)(一)(1)、(2)、(3)の各事実はいずれも当事者間に争いがなく、右事実と《証拠省略》によると、原告は、昭和三七年三月、都立診療X線技師養成所を卒業後、都に就職し、同年四月二日から町田保健所に勤務し、同年六月二八日に診療X線技師免許を得た後は、世田谷、深川、小岩の各保健所を経て、同四九年四月一日から江戸川保健所予防課に勤務し、放射線技師として診療X線業務に従事しており、同四九年一一月一六日、医療監視員にも任命され、また、同四四年一二月一六日には診療放射線技師免許を取得していたが、改正法の施行により同五〇年四月一日付で江戸川区職員となったところ、同年七月一二日ころ、L次長から管理課への異動打診があり(なお、江戸川区は、改正法の施行に伴い、江戸川、小岩両保健所の移管を受け、その本庁組織として管理課を設置したものである。)、同月一八日には被告区長から原告に対し、同月一五日付で原告を江戸川保健所予防課から管理課への転勤を命ずる旨の処分辞令が交付されたが、この配転により、原告に従前支給されていた特殊勤務手当が支給されなくなり、さらに、同五一年一月一五日に至って、被告区長から原告に対し、同五〇年七月一四日付で医療監視員を解く旨の処分辞令が交付されたものであり、原告は、本件配転処分及び本件解任処分について公平委員会に審査請求をしたが、同委員会は同五二年一一月一五日、右各請求をいずれも棄却するとの裁決をしたとの事実が認められる。
(二) しかるに、原告は、本件配転の必要性は全くなかったものであり、また、本件配転処分は任用契約で予定された範囲外のものであるから、右処分は裁量権の範囲を逸脱したもので違法であると主張し、被告区長は、原告は放射線技師としての技量が拙劣で地域住民の健康を侵害するおそれがあり、また、原告の常軌を逸した言動により、江戸川保健所の原告を取りまく人間関係が険悪となり、業務の円滑な遂行に支障を及ぼすために、やむをえず本件配転処分を行ったものであるが、原告の放射線技師としての専門的知識、経験を生かすことを考慮して管理課を配転先として選定した旨主張するので検討する。
(三) まず、本件配転処分に至る経緯をみるに、被告区長の主張(事実三2)(二)(1)中、抗議文と題する文書の内容、同⑤ロ中、昭和四九年一一月下旬ころ、M臨時職員の夫が脳卒中で倒れた際、カンパがなされたこと、Mが夫の看病のため、長期にわたって休んだこと、同(6)ハの事実、同(7)中、原告が、A、D両技師を異動させることを要請したとの点以外の事実、同(8)中、原告がL次長に提出した文書に、原告の仕事上のミスはA、D両技師がミスを犯すように仕向けた旨の記載があるとの点以外の事実、同(9)中、原告がL次長に同五〇年六月一七日に提出したと同様の内容の文書を提出したとの事実、同(13)中、江戸川区内で放射線技師が配置されている行政機関は、小岩、江戸川両保健所、葛西保健相談所の三か所であり、小岩保健所は原告が江戸川保健所に勤務する以前、同四一年八月から同四九年三月まで勤務していた職場であること、同(16)中、L次長が、X線室の基本設計及びX線室を中心とするX線関係各室のレイアウト、X線関係機器の選定等の事務を原告に担当させることを前提として、原告を管理課へ異動させることを決定したとの点以外の事実、同(17)中、同五〇年七月一八日、同月一五日付で原告を管理課に異動させる旨の辞令を交付したとの事実はいずれも当事者間に争いがなく(なお、同(5)イ及び同(6)イの各事実は、事実三1(一)(2)ハ(ⅰ)(ⅱ)に記載の各事実と同一であり、これらについて当事者間に争いのない事実は三〇号事件について記したところと同じである。)、右当事者間に争いのない事実と、《証拠省略》によれば、次のような事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
(1) 昭和五〇年四月中旬ころ、G総務課長からL次長に対して、原告が同僚と種種トラブルを起こし、大変困っている、特に同僚の放射線技師との間では口もきかず、険悪な状況であるので、調査して善処して貰いたい旨の申し入れがなされたが、また、同年五月初めには、L次長の机上に、原告名義の抗議文と題する文書が置かれていた。右文書の内容は、A技師らの同僚職員から種々の迫害を受けているが、これは上級職制らの教唆によるものであり、原告は、職制らが「エンマ帳」(A技師が記帳している業務日誌のこと)をすぐやめさせること及び労務管理をしないことと、K主事とN主査が若い職員を教唆しないことを要求する、という趣旨のものであった。また、その二日位後にはD技師が同次長を訪れ、原告との人間関係が極めて困難な状況にある旨の訴えがなされた。
(2) そこで、L次長は、事実関係の調査をすることを決意したが、まず、原告とA技師を十分に話し合わせてみるべく、A技師に対し、同次長も含めた三者での話し合い提案をし、その旨原告にも伝達することを依頼した。右話し合い日は昭和五〇年五月中旬に設定されたが、原告は欠席し、A技師はD技師とともに出席した。そこで、同次長は、右両技師から原告との険悪な人間関係の状況及び原告がレントゲン撮影において犯したミスについての説明を受けた。
(3) L次長は、X線室の現況を視察する必要があると考え、右話し合い日後、X線室を視察したところ、原告とA、D両技師とは全く口を利かず、極めて険悪な雰囲気であった。
(4) そこで、L次長は、原告を所長室に呼んで事情を聴取したが、原告は、前記話し合い日に出席しなかった理由として、A技師と二人揃って次長の前で話をするのは検察官に尋問されるようで非常に不適当であるから等と述べた。
原告は、その後、しばしば同次長を訪れるようになり、その都度、A、D両技師及びK主事らから脅迫、仕事強要業務妨害等の迫害を受けている旨を訴えると共に、右両技師と原告とをできる限り早期に隔離することを要請し、その旨記載した文書を種々提出するなどした。
そして原告は、昭和五〇年六月一九日に同次長を訪れ、右の如き文書を提出した際、同次長に対し、A、D両技師を異動させることが不可能であれば、原告自身を異動させてもらっても差し支えない旨を申し出た。
(5) L次長は、また、前記抗議文と題する文書に名を掲げられていたK主事、N主査から事情聴取をし、さらにF所長、G総務課長、I栄養士等にも面会したが、その結果、前記一2(一)(2)に記載された事実(原告の協調性に関する事実)とほぼ同様の事実の大要が判明した。
(6) L次長は、さらに、原告の放線技師としての技量について、A、D両技師、E医師、F所長らから事情聴取したところ、前記一2(一)(1)に記載された事実(原告の放射線技師としての技量に関する事実)とほぼ同様の事実の大要が判明した。
なお、同次長は右E医師から、原告の技術的ミスを放置すれば、被撮影者の生殖腺にX線を照射して遺伝子障害を生じさせる可能性もあり、担当医師として自己の進退をも考えねばならないことになる旨の指摘を受けた。
(7) L次長は、以上のような事実から、原告は放射線技師としての技量に極めて問題があり、また、原告とA、D両技師をはじめとするその他の職員との人間関係は非常に険悪な状態で、円滑に業務を遂行することを期待できず、その原因は原告にあり、それは原告が江戸川保健所内にいる限り回復困難であり、原告を引き続いて同保健所に勤務させておけば、保健所業務の遂行に重大な支障をきたすと判断し、原告の異動を江戸川区の人事担当者と検討することになった。
なお、この以前、昭和五〇年三月ころにも、F所長は、原告と同僚の放射線技師をはじめとする他の職員との人間関係の軋轢を考慮し、原告を多くの放射線技師を擁する都立病院等に異動させるべく、原告の異動を都衛生局に上申したことがあったが、当時、都衛生局は、保健所の都から区への移管を目前に控えており、人事異動は最小限に抑えるとの方針をとっていたこともあり、これは実現しなかった。
(8) L次長は、昭和五〇年六月下旬、まず、原告が同年三月三一日まで都の職員であったことから、都衛生局保健所管理課長に、原告を都の機関に異動させてもらいたい旨の申し入れをしたが、同課長は、都にも取扱いに苦慮する職員が一〇名位いるうえ、原告はその特異な行動で有名なため、受入れてくれる機関はないから、江戸川区の方で処置されたい旨を述べて、これを断った。
(9) そこで、江戸川区内における異動が検討されることになったが、同区内で放射線技師が配置されている行政機関は江戸川、小岩両保健所及び葛西保健相談所の三か所であったため、L次長は、小岩保健所、葛西保健相談所に順次、原告の異動についての意向を聴取したところ、小岩保健所は、原告が江戸川保健所勤務前の昭和四一年八月から同四九年三月まで勤務していた職場であり、管理職等と種々悶着を起こしていたため、同保健所に異動させることは不可能であった。また、葛西保健相談所当局は、同所は小人数で家族的に運営されており、原告の如き特異行動で知られた職員が赴任すると、同所の運営が破壊されるとしてこれを拒否した。
(10) L次長を中心とする江戸川区当局は、右のように原告の小岩保健所及び葛西保健相談所への異動は不可能となり、また、原告は、前記のように放射線技師として重大な過誤が多く、これを放置すれば保健所を利用する住民の健康に被害を与える虞れもあるため、レントゲン撮影の実務を担当させておくのは適当ではないと考えられるが、他方、原告は放射線技師であるため、放射線技師としての職務と無関係な事務的職務を担当させるのも不適当であるため、原告の異動について苦慮を重ねた。
しかるに、そのころ、小岩保健所の改築と瑞江保健相談所の新設の二つの事業が具体化するに至り、これを管理課が管掌することになったが、右事業にはX線室設置に関する事務、X線関係機器の選定事務等が必要となるところ、これらの事務遂行のためには、放射線技師としての専門的知識、経験を有する職員がこれに参画することが必要であるが、当時管理課にはかような職員が在籍していなかったことから、江戸川区当局は、原告にこれらの事務を担当させることが適当であると判断し、原告を管理課へ異動させることを決定した。
(11) そして区当局は、右異動を昭和五〇年七月一五日に予定し、L次長がその三日前の同月一二日に原告にこれを内示した。原告は、これに対して非常に喜び、同次長に謝意を表したうえ、新しい職場の上司となる係長に挨拶をしていきたい等と述べた。しかるに原告は、その数時間後、同次長に対し、右異動を辞退したい旨の文書を提出した。その理由は、①原告個人の業務計画に支障をきたす。②長年携ってきた実務診療から離れることは耐え難い。③対人関係は未だ未定着の状況にある。④原告の異動が多すぎる。⑤人選上、トラブルが後発する。⑥身障者職員に対する援助活動が停滞する。⑦この異動は、現実逃避となる。というものであった。
L次長は、これに対して、右異動は組織上の必要から行うものであり、撤回は認められない旨原告を説得したが、原告は、「私から仕事を奪わないで下さい」と記した血書を携えて被告区長の自宅前に座り込むなどの行動をとった。しかし、原告は、同次長らの説得に一応応じたため、同月一八日、被告区長は助役を介して原告に、同月一五日付で原告を管理課に異動させる旨の辞令を交付した。
以上の事実が認められる。
(四) 以上のように、本件配転処分は、原告と同僚の放射線技師をはじめとする江戸川保健所のその他の職員との人間関係の険悪化とそれに伴う保健所業務に対する支障を除去するためと、原告の放射線技師としての技量の拙劣さから生じうる住民の健康侵害の危険性を回避するためになされたものであるが、以上認定した事実及び三〇号事件において認定した原告の放射線技師としての技量に関する事実及び原告の協調性に関する諸事実及び《証拠省略》によると、原告の特異な性格、言動に基因して、江戸川保健所内の原告を取りまく人間関係は極めて険悪な状況になっていたものであり、そのため、特にX線室における業務は通常の職場で期待しうるような円滑さを著しく欠き、原告と栄養士、保健婦等他の職種の者との協調関係も破壊され、さらには原告が所長をはじめとする管理者のもとにしばしば出入し、抗議等の行動をするため、管理業務にも支障をきたしていたことが窺われ、また、原告は、放射線技師として技量が極めて拙劣であり、殆ど考えられないようなミスを繰り返し、レントゲン撮影に際し、被撮影者である住民の健康を侵害する危険性が高かったことが認められるのであり、さらに原告自身もA、D両技師と隔離されることを強く望むに至っていたことを勘案すると、本件配転の理由には合理性があり、その必要性は極めて大きいものであったといえる。
次に、異動先の選定について考えるに、原告は前記の如く、技術の拙劣さにより住民の健康を侵害する危険性があったことから、レントゲン撮影の実務を担当させるのは適当ではないが、一方では原告は放射線技師であるため、その職務と無関係な一般の事務的職務を行わせることもできなかったものであり、かようなことを考えると、江戸川区内の保健所を統括する本庁組織として設けられた管理課(そこで原告に予定された職務は前記のとおりである。)が原告の異動先として考えうる唯一の職場であったといえる(また、他に受入れ先が存在しなかったことも前記のとおりである。)。なお、都においては、都の保健所を統括する組織として、衛生局に保健所管理課を設けて、ここに放射線技師一名を配置している(これは当事者間に争いがない。)。
以上のことから考えると、管理課を原告の異動先として選定した措置は適切なものであったといえる。
(五) 次に、原告の主張を検討することとする。
(1) 原告は、原告には協調性に欠けるところはないのに、「不正分配金」事件を原因として、A、D両技師らが原告を職場から追放することを画策したものであり、右両技師及びK主事らは原告に対して種々の暴行、脅迫、嫌がらせを加えており、また、原告には放射線技師としての技量の拙劣さはない等と主張する。
これらの主張に対しては、前記(三〇号事件)一6(一)ないし(三)において判断したところと同一であるから、これらの主張は理由がない。
(2) 原告は、放射線技師の職務内容は、放射線照射設備を備えた場所で受診者に対して放射線照射を行うものであり、本件配転処分により原告が異動させられた管理課には放射線照射設備もなく、一般的事務を行う職場にすぎないから、本件配転処分は任用行為で予定された範囲外の配転処分であり、違法である旨主張する。
しかし、診療放射線技師の定義としては、「厚生大臣の免許を受けて、医師又は歯科医師の指示の下に、放射線を人体に対して照射することを業とする者」をいうことは明らかであるが(昭和二六年六月一一日法律第二二六号診療放射線技師及び診療エックス線技師法)、放射線技師の採用において、その職務内容が放射線照射業務のみに限定されているとは解し難く、行政上の合理的な理由ないし必要性がある場合、放射線照射以外の職務であっても、放射線技師としての専門的知識、経験を生かしうる職務内容であれば、放射線技師にかような職務を担当させることも当然許容されるものと解される。このことは、前記のように、都においても本庁組織である衛生局保健所管理課に放射線技師一名を配置していることからも首肯されうるものと思われる。
そして、本件の如く、原告の技量が極めて拙劣で、保健所利用者に健康侵害を与える危険性さえある場合、さらに原告の協調性に極めて問題があり、放射線技師としての受入れ先を見出すことが不可能な場合が、右合理的理由に該当することは明らかである。また、管理課において原告に予定されていた職務内容は、前記のように、保健所の改築、保健相談所の新設に伴って生ずるX線室の設置に関する業務、X線関係機器の選定に関する業務等で、放射線技師としての専門的知識、経験を生かしうるものと言えるから、本件配転処分には、原告の主張するような違法事由は存在しない。
(3) 原告は、本件配転処分により、放射線業務から離れ、放射線技師としての技能を著しく低下させられ、また、従前支給されていた特殊勤務手当が不支給になり、月収において五〇〇〇円以上の減収となったと主張する。
そこで、まず技能低下の点を検討するに、《証拠省略》によると、本件配転後、江戸川区当局は、原告の技術の拙劣さに顧み、原告に研修の機会を与え、また、現場の放射線技師の応援という形で原告の技術の向上を図る機会を可能な限り付与してきたが、原告は、当初はこれらに参加していたが、その後次第に積極性を失ってきたとの事実が認められ、これによると、本件配転処分と原告の放射線技師としての技術の低下とが直ちに結びつくかどうかには疑念が存すると言わねばならない。しかしながら、管理課においては、日々放射線照射業務を行うような態勢にないことも明らかであるから、原告の技能低下の可能性は存するものと言わねばならない。
また、原告のいう特殊勤務手当とは、三〇号事件について述べた如く、江戸川区給与条例一四条一項、三項、江戸川区職員の特殊勤務手当に関する規則二条の別表により、「保健所において、エックス線操作に従事する放射線技師及び補助業務に従事する職員」に対して支給されることになっている放射線業務従事手当であるところ、原告は、本件配転後は右支給条件に該当しなくなったため、右手当の支給を受けられなくなったものである。
しかし、原告の主張するこれらの事実上の不利益と本件配転の必要性を比較すれば、後者は保健所業務の円滑な遂行の確保と保健所利用住民の健康侵害の危険性の回避という公益的なものであり、しかもその必要性は極めて高かったことは前記のとおりであるから、原告の右のような事実上の不利益のゆえに本件配転処分が違法となることはあり得ないと言わねばならない。
(4) 原告は、管理課における原告の業務は、文書の受領、発送、文書のコピーとりが主なもので、被告区長の主張するような放射線技師としての専門的知識、経験を生かせる職場とはほど遠い旨主張する。
しかし、《証拠省略》によると、管理課においては、原告に小岩保健所の改築、瑞江保健相談所の新設に関し、X線室の配置、レイアウト、X線関係機器の選定等の業務担当が指示され、原告は、当初、これらの業務にかなり積極的に取り組んでいたが、期待さるべき成果が上がらず、現実には、各保健所及び保健相談所の現場の技師の協力を得て右業務を進行せざるを得ない状況であった。また、管理課においては、各保健所を統轄している関係上、右業務のほかにも放射線技師としての専門的知識、経験を活用すべき職務分野を発見、開拓することは容易であると思われるが、原告はかかる努力はしていないことが認められ(る。)《証拠判断省略》これによると、原告の主張は認めることができない。
(5) 原告は、また、「不正分配金」の問題に起因して、江戸川保健所の不正な運営の妨げとなることを懸念して、本件配転処分がなされたと主張する。
原告のいう「不正分配金」問題とは、前記のように、一2(一)(2)⑤記載の事実を指しているところ、本件配転処分は、原告の技量の拙劣により生じ得る保健所利用住民の健康侵害の危険性の回避と原告の特異な性格、言動に起因する江戸川保健所内の人間関係の悪化(これの原因が右「不正分配金」事件にないことも前記のとおりである。)に伴う保健所業務の停滞の阻止にあったことは、これまで述べてきたとおりであり、「不正分配金」事件を原因としたものとは認めることができないから、原告の主張は理由がない。
(6) 以上のとおりであるから、本件配転処分は何ら違法性がないものと言うべきであり、その他、本件配転処分に関して被告区長が人事権を濫用したことを窺わせる事情も存在しないから、本件配転処分の取消を求める原告の請求は失当と言わざるをえない。
2 本件解任処分について
原告は、本件解任処分は、本件配転処分に伴って行われたものであるから、本件配転処分が違法である以上、本件解任処分もまた違法である、また、本件解任処分は昭和五〇年七月一四日付であるが、原告がこれを告知されたのは同五一年一月五日であり、本件解任処分はこの点からも違法である旨主張するので、検討する。
前記のとおり、本件解任処分の日付及び告知日は当事者に争いがなく、この事実と《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
医療監視員は、地方自治法附則一九条一項、医療法二五条一項、同法二六条一項、二項の各規定に基づき、特別区においては区長が当該区の職員のうちから任命しているものであるが、その職務権限に属する事務が保健所の分掌する事務とされていること等から、各保健所の総務課長、総務課の医務担当、薬務担当の各主査、診療放射線技師がこれに任命されており、これらの職員が保健所から他へ異動した場合には、医療監視員を解任される取扱いとなっている。
したがって、原告は昭和四九年一一月一六日付で医療監視員に任命されていたが、同五〇年七月一五日付で江戸川保健所から管理課へ異動したものであるから、それに伴って医療監視員も解任される筈であった。しかるに江戸川区当局は、原告に医療監視員の発令がなされていることを看過して日時を経過し、同五一年一月五日に至って、同五〇年七月一四日付の本件解任処分を原告に告知したものである。
以上の事実が認められるところ、これによれば、医療監視員の職務は、その性格上、当該職員が保健所から他へ異動すれば、これに伴って当然に解任されるものであり、かような取扱いには合理性があるものと考えられるところ、本件解任処分も本件配転に伴って発令されたことは明らかであるから、前記のように本件配転処分に違法性が存しない以上、本件解任処分もまた違法ではないと言うべきである。
なお、本件解任処分は、同五〇年七月一四日付であるところ、同五一年一月五日に至って原告に告知されたものであるが、右処分は、少くとも、原告が右告知を受けた日から有効であることは疑いのないところであり、その発令日が告知日以前であるとの事実のみによって、これを取消さねばならないような違法性を帯びるとは到底考えられないから、いずれにしても、本件解任処分の取消を求める原告の請求は失当である。
三 二〇二六号事件について
原告は、被告区長のなした本件配転処分及び本件解任処分は違法であり、かような違法な処分により損害を受けたとして、放射線業務従事手当相当分の金員、慰謝料、弁護士費用の賠償を被告区に対して請求するが、右本件配転処分及び本件解任処分がいずれも違法でないことは前述のとおりであるから、その余を判断するまでもなく原告の請求は失当である。
四 以上のとおり、原告の各請求はいずれも理由がなく失当であるので棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 赤西芳文)